味の見聞録

月間アーカイブ:2015年08月
二〇一五年話題の店
そば
由庵(ゆあん) 矢もり
穀物の持つ香りと味が滲み出た
素晴らしい蕎麦と肴と酒

 もんじゃ屋がひしめく月島の裏路地で、ひっそりと営む蕎麦屋である。

 ご主人の矢守昭久さんが、昨年十月に開店したこの店は、二階建ての民家を改装し、一階が六席のカウンター、二階が掘り炬燵式テーブル席の個室(四名まで)となっている。
料理は、六千四百八十円のコースのみ。

 まずは、三点盛りの突き出しから始まる。蕎麦味噌と生姜酢漬け、青梅である。これらで酒をちびちびやっていると、「冷やかけ」が出される。

 冷たいつゆを張った冷やかけに、昆布出汁のジュレ、トマトとオクラを叩いたものである。つるると手繰れば、蕎麦出汁のうま味に絡まった蕎麦が、トマトの酸味やオクラの粘り、昆布出汁の滋味と出合って、それぞれに口内で味が変化していく楽しみがある。

 続いて、三つの小鉢に入れられた酒肴。桜海老おから、ワケギと青柳のぬた和え、鶏団子とツルムラサキの胡麻浸しである。

 桜海老の塩気とうま味を抱いたおからは酒を恋しくし、絶妙な甘辛さで和えたぬたもこれまた燗酒を呼び、鶏団子の優しさとツルムラサキのヌルッとした食感の取り合わせが妙で、さらに酒が進む。

 この頃、矢守さんは、石臼に苗色の種を置いてゆっくりと回し始める。脇からは次第に薄緑色の粉が挽かれて落ちていく。その粉をボールに取り、水を入れて、渾身の力で棒を回し始める。やがて粉が固まると、染付の小鉢に入れて、蓋を閉める。

 「蕎麦がき」である。蓋を半分開けて香りを嗅げば、だだ茶豆のような甘い香りがする。塩とわさびが用意されるが、何もつけずにそのままで食べたい純真さがある。そして、ほのかに緑色が差した薄灰色のその蕎麦がきを口に入れれば、噛むまでもなく、かすかな甘さだけを残して淡雪のように消えていく。

 その余韻に浸っていると、次に出されたのが「鰊の煮物」である。添えられるのは、自家製蒟蒻、茄子と南瓜、オクラの炊き合わせ。素朴な鰊のうま味に心温められる。
続いて、穴子の濃い滋味が滲んだ「穴子の煮こごり」。わさびをつけりゃ、また酒が進んで困る。

 次は「蕎麦サラダ」。食べやすい長さに切った細切り蕎麦に水菜や鶏肉の細切りを合わせ、蕎麦茶と胡麻だれをかけたサラダで、胡麻の甘い香りと蕎麦が実によく合う。

 いよいよ真打、蕎麦の登場。まずは、アサリ、ワカメ、茗荷、三つ葉の温かい蕎麦。食べれば、蕎麦の甘みに、アサリの滋味と、ワカメや茗荷の香りが重なっていく。つゆは塩梅が良く、優しい味わい。

 そして最後は、せいろ。穀物の野生を意識させる香りと清々しさがあって、素朴な甘みが滲み出る。ねっちりと歯を押し返すようなコシ。素晴らしい蕎麦である。

 ご主人はとても気さくで、飄々と仕事をされているが、話しかければ、さまざまな愉快な蕎麦の話などをして場を盛り上げてくれる。

 日本酒は「三千盛(みちさかり)」(岐阜)、「扶桑鶴(ふそうづる)」(島根)、「伯楽星(はくらくせい)」(宮城)、「萩の鶴」(宮城)、「天遊琳」(三重)などが揃う。

東京都中央区月島3-9-7 
電話=03(6225)0633
営業時間=18時~22時(最終入店19時半)
定休日=日曜日・祝日 
※ 完全予約制。カード不可。
二〇一五年話題の店
くろ﨑
酒好きにはたまらない品書き
渋谷に登場した寿司屋の新星

「目立つ場所で店を開きたくはなかったんです。そうしたら、たまたま渋谷にこの物件を見つけたんです」

 と、ご主人がいうとおり、宮益坂の上、ビルの裏手の路地に、その店はひっそりと佇む。
ご主人の黒﨑一希さんは、三十四歳。「二十代から将来のビジョンを掲げて研鑽してきた」というとおり、若手とは思えないほど、寿司や肴、そして日本酒の知識も広い。

 おまかせのコースにすると、肴と握りが交互に供される。こうしたスタイルの寿司屋は他にもあるが、それを模したのではなく、「存分にお酒を飲んでいただきたいが、最初に肴で飲みすぎて、握りの印象が薄まるのを避けたかったから」との考えによるものだという。

 初夏に訪れたある日のコースは、以下のとおり。

 まずは、ふっくらと煮た香り豊かな「佐島産タコの桜煮」、甘辛い味で酒が進む「ツブ貝とワケギのぬた和え」、噛むほどに甘みがある「常磐産マコガレイのお造り」に続き、見事な厚さと香りのある「愛知産本ミルガイの握り」が供される。
そして、脂の乗った「ノドグロの塩焼き煮」、品のある脂が舌に流れる「鹿児島出水産鯵の握り」。赤酢を使ったうま味のある酢飯と鯵がなじむよう、握ったあとに軽く赤酢を散らす工夫が凝らされている。

 続いて、芽ねぎのたたきを添えた「カツオの造り」、「スミイカの糸造りの握り」、「ボタン海老の炭火焼き」。このように、冷たいものと温かいものが交互に出てくるのも面白い。

 茹でたての「枝豆」のあとは、「稚鮎の有馬煮」、珍しい「能登産天然石もずく」と続き、玉子を乗せた、ねっとりと甘い「縞海老の握り」。

 次は、小鉢の酒肴三点。「海苔とウニの佃煮」、「ホタテ酢」、「マコガレイの肝煮」。そして、ふわりと〆たジューシーな「宮津産コハダの握り」、「マグロの赤身の握り」と「中トロの握り」、軽やかな「シロギスの握り」と続き、まだ子を産んでいない牡蠣「ヴァージンオイスター」をつまみで出す。

 さらに、一週間寝かせた「キンメの握り」、とろんと甘く舌にしなだれる「白海老昆布〆の握り」、「穴子握り」、「干瓢巻き」と続き、「玉子焼き」でコースが終了する。

 どうです?このラインナップ。酒を飲めという品書きで、肴十五種、寿司十二種という打順に切れ目なく、タイミングよく出される。

 酒の種類もかなり多く、寿司屋には珍しい「神亀(しんかめ)」(埼玉)もある。
お勘定は、酒を四~五合飲んで、約一万九千円。

 優れた寿司屋の過疎地帯であった渋谷駅東口に、酒好きには危険な新星の登場である。

東京都渋谷区渋谷1-5-9 
電話=03(6427)7189
営業時間=17時半~24時
定休日=水曜日
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