味の見聞録

月間アーカイブ:2017年04月
札幌の美味(2)
鮨ノ蔵
市場で培った目利き
他店にない独自の仕事が光る

 ビルの地階でひっそりと営む、カウンター六席の小さな店である。

 ご主人の井川大(ひろし)さんは、十八歳から二十五歳まですし職人として修業後、珍しいことに、市場で働いていた経験を持つ。その仕事で培った目利きの経験による、いかに魚の味わいを活かすかを考え抜いた、他にはない仕事が面白い。

 例えば、サメガレイの昆布〆を、鮭節のだし醤油で出す。サメガレイは、その名の通りサメ皮のような皮質のカレイで、普通のカレイと比べるとやや野暮ったい香りがするが、脂が乗って、うま味充分である。

 あるいは、驚くほど吸盤がおいしい水ダコの刺身。また、二週間熟成させた根ホッケの刺身、二週間熟成させたアブラコ(アイナメ)の刺身。いずれもうま味が深い。

 そして握り。酢飯はやや硬めに炊いた道産米である。

 ユニークなのは、通称「ウォーターベッド」と呼ぶ、しゃぶしゃぶ。熱湯にくぐらすとうま味が逃げるため、バットに湯を入れてラップを敷き、八十~九十度になったら静かに刺身を置く。皮と皮下がうまいが、焼くとくどくなり繊細さが失われる赤魚などを、この調理法で提供する。

 例えば、キンキ。キンキの脂の雑な香りだけが抜け、実にすっきりと脂の甘みが味わえる。

 熟成させ、少し風で乾かしたマグロの赤身と中トロ。これまた身がきめ細やかで、味が深い。

 四十八度で低温調理し、生と蒸しの中間に仕立てたアワビの握りは、噛むと生のアワビの香りがするのに、加熱されたアワビのねっちりとした甘みもある。

 二時間強い風を当てて風乾し、余分な水分を飛ばしてうま味を凝縮させた風乾ホタテと、生のホタテの握りの食べ比べ。風乾されたホタテは味が濃く、生は香り高い。

 同じく風乾させたシマアジの握り。そしてムラサキウニと馬糞ウニの合わせ握り。ムラサキウニは優しい甘みで酢飯に寄り添い、馬糞ウニは濃い甘みで余韻を残す。

 また、二週間寝かせた神経絞めのトラフグは香りが高く、四十八度で二時間火入れしたアワビは滋味がじっとりと滲み出る。皮を剥いた水ダコをグリルして白醤油と昆布だしに漬けたもの、フグだしで湯煮しすることでそっとうま味を膨らませたキンキ、三日間脱水させたマツカワガレイなど、主人独特の魚の扱いがつづく。

 生では脂が野暮ったく、多少くどいニシンは、タタキにして貝割れとミョウガに合わせた。すると野暮ったいというより、ねっとりとした脂の甘みが表れて、唸らせるのである。

 イワシは軽く〆て五日間寝かせ、色が変わった表面を削いで握る。切り身ではなく小間切れにすることによって、肉感を出す。

 軽く昆布〆したボタンエビは、ラップで巻いて一日風乾する。昆布の味は感じないほど微かだが、ボタンエビの余分な水分が抜けて、純な甘みだけが引き出され、ねっとり甘い。
コースは、おまかせ七千円のみ。

 日本酒の揃えも良く、北海道を中心に希少な酒も用意されている。

 それらを飲んで食べて、お勘定は一万円ぐらい。実にお値打ちである。

北海道中央区南2西4 乙井ビル地下1階 
電話=080(3237)5430
営業時間=18時~21時(LO)  
定休日=日曜日
札幌の美味(2)
中国料理
茶月斎
札幌に現れた中国料理の星
気品のある深い味わいの数々

長らく中国料理不毛の地であった札幌に現れた星である。小蕎隆広シェフの手による、地元の食材を活かした、見事な料理の数々がいただける。

 例えば、「千歳の黄芯白菜と干貝柱のスープ」は、一口飲んでため息が漏れ、二口飲んで笑い出す。甘みと微かなえぐみ、甘い香りなど、白菜の持つすべてを余すことなく抽出したスープが、舌を過ぎ、喉に落ち、細胞に染み渡っていく。干貝柱のうま味をギリギリに押さえた精妙な味付けが、白菜を活かし、淡さの中に品格を生み出している。料理がなされているのだが、人間の意図を感じさせない澄んだ味わいがあって、飲むほどに白菜への愛が伝わる。

 また、「貝づくしの前菜」は、ホンビノス貝の老酒漬け、厚岸(あっけし)産牡蠣のオイル漬け、ムール貝の酒蒸し、トリ貝とホッキの合間のようなミゾ貝とつる菜の和え物、ホタテとトウキビの春巻など、貝の質を活かした味わいが唸らせる。特に春巻が素晴らしく、半生に火を通したホタテとトウキビの甘みが、なんと合うのだろう。

「アブラガレイとカリフラワーの金沙炒め」は、奥底にたくましい滋味を持つカレイと、甘い甘い蒸しカリフラワーの取り合わせがなんとも良く、そこへココナッツやカレーの香りを含んだ金沙パウダーが加わりアクセントとなっている。

「根室産ヤナギダコとルッコラのマスタードオイルサラダ」は、ルッコラとマスタードの刺激の中で、マダコより柔らかい食感のヤナギダコの甘みを光らせている。

「鶏肉とタラバガニの外子の蒸し餃子」は、鶏肉にすり込んだ外子の風味が、喉に落ちる時にふうっと顔を出す。

「厚岸産ムール貝のビーフン」は、ムール貝のミルキーな滋味がビーフンに絡んで、なんとも優しい気分にさせてくれる。

「ラムと甘唐辛子、新玉葱の炒め」は、野菜に囲まれながら、ラムのラムたる味わいがくっきりと浮き彫りにされていて、しみじみとうまい。

 その他、「叉焼とインゲン」、山椒油で風味を付けた「安徽(あんき)省ポテトサラダ」もおすすめである。

 どの皿も、余分なうま味がなく、淡く、優しく、簡潔でいて、しみじみとした味の深さがある。食材への深い信頼と敬意が生んだ料理には、気品があり、思いやりがあり、健やかに我々の体を上気させる。

「何で調味しているのですか?」と小蕎シェフに聞くと、「水と醤油だけです。何もしていません。以前はスープを使っていたのですが、それでは味がぼけると思いまして」と、さらりと言う。

 水と醤油だけで味を決めるのは、相当の胆力だろう。彼に愛された道産の食材たちは幸せ者だ。

北海道札幌市中央区南三条西8丁目7番 大洋ビル2階 
電話=011(272)4202
営業時間=12時~14時(LO)、18時~21時(LO) 
定休日=日曜日(その他不定休)
※月・金のランチ休み
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