味のパトロール<読者情報>

宮崎麻梨江さん 

香港でインドカレーを

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 世界有数の金融街として名を馳せるアジアの国際都市、香港。 そのセントラル駅からすぐ、世界一長いと言われるミッドレベルエスカレーターを挟んで、坂道のグルメ街SOHOは広がる。「インディアンビレッジ」はその外れにある、テーブル席三つほどの小さな家族経営のインド料理店だ。

 店に近づくと大きなガラス戸から、太っちょの奥さんがニヤリと笑って迎えてくれる。古いけれども小ぎれいに整理された店内に入ると、奥の厨房からやはり少し太っちょのだんなさんが、よく来たねと優しいまなざしで顔を出す。

 ひとは、香港では世界中の一番おいしいものが食べられる、と言う。様々なジャンルの料理を食せることは確かだが、かなり香港風、もしくは個々人のアレンジが加わっているものも多く、求めている味にたどりつくのは至難の技ではないかと強く感じる。私は食べると疲れも悲しみも吹き飛んでいく気がしてカレーが大好きなのだが、タイのグリーンカレーは角切りパイナップル入りクリームシチュー仕立てであったり、インドカレーにはおそらく日本のカレールーが入っており、日本人の私には大変食べやすい一品になっているという具合だ。

 こちらインディアンビレッジは正統派。素材のままのおいしさが感じられる豊富なメニューが魅力だ。複数のベースを取り揃えるカレーだけをとっても、材料の味に忠実なことを想像させるさっぱりとしたトマト仕立て、濃厚なココナッツ仕立てなど、それぞれ全く違った風味を楽しむことができる。味付けはスパイスも塩加減も強すぎず、大盛りのカレーやビリヤニをたらふく平らげても、食後や翌日に口やお腹に残りすぎることがなく、胃にも優しく、お財布にも優しい。

 見つけづらい場所にも関わらず、国際色豊かなビジネスマンがテイクアウトを心待ちに絶えず訪れ、仕事帰りのカップルが金魚のように色鮮やかなサフランライスにそれぞれ好みのカレーを添えて夕暮れ時を楽しんでいる様子からは、隠れたファンが多いことがうかがえる。

 香港で疲れを吹き飛ばしたくなったら、是非インディアンビレッジへ。いつもニコニコのお父さんと、また近いうちに必ず来るようにと少しおせっかいなお母さんがおいしいカレーを作って待っている。

Indian Village
香港島半山摩羅廟街三十一の三十七號地下一號舖
TEL.+852 2525 5488

村田茂登子さん フードアナリス

家庭の食卓から愛を

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 幼少の頃から料理を作ることも、食べ歩くことも、人一倍興味があり、長い人生の中でくいしん坊歴は未だ健在です。

 中国には「三世知衣 五代知食」(三代かかって着るものがわかり、食を知るには五代かかるという意味)ということわざがあることを知りました。中国料理を日本で初めて伝承された「華都飯店」の創業者、馬遅伯昌先生の教えは、私が今一番興味を持つところであり、「医食同源」など、食べることこそ健康の源であることを実践してゆきたいと思っています。

 この中国料理の名店の合わせ調味料、オイスターソースの奥深いうま味を十分に引き出す料理の数々、スープのうま味には感激します。

 その中でも、馬家に伝わる伝統料理「春(ツンビン)餅(ツンビン)」には、何度自分で作ってみても、それを超えることのできない奥深さがあります。五感、五味、迅速丁寧、情熱、楽しさ、そして何より馬家の味と心が凝縮されているのです。

 「春餅」の薄い皮の手前の三分の一のところに葱の刷毛で味噌を塗り、好みの具を少しずつ載せ、一巻きし、具がこぼれないように端をちょっと折りたたんでいただくのですが、口の中は幸福感で満たされます。

 私は必ず、揚げポテトと白髪葱は欠かせません。

 一緒にいただいているお仲間のお皿を見ますと葱の刷毛が消えていまして、どうやら胃の中におさめられたようす。どのお皿も完食で、長寿の秘訣は、楽しい会話とオシャレ心を忘れないこと、そして飽きのこない食に尽きるものと改めて思い、健康に恵まれ感謝でいっぱいです。

 次世代に伝えるべき心を込めた料理、そして味わいのある器。年々様変わりをしている日本の食卓に、家庭の味を取り戻すことの大切さを思い出させてくれる良い機会となる、一度訪れる価値のある名店。人生の至福の時間を共有できるお仲間と訪ねられたら、食を通して、広い世界、食の素晴らしさを味わえることと思います。

 「一つの努力は一つの成功」という馬先生のお言葉を、私の今後の人生の座右の銘にしてゆきたいと思っています。

華都飯店(シャトーハンテン)
東京都港区六本木1-9-10 アークヒルズ仙石山森タワー地下2階
TEL.03(3587)9111

吉岡理絵子さん 銘酒居酒屋「赤鬼」店員

少しおめかし。ほっとただいま。
どちらも包み込む懐深い居酒屋

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 昨今、美味しいお店はたくさんあります。この技術はすごい、この創意は斬新だ、おおうまい!と唸るお店はたくさんあります。そんなお店に予約と気合を入れて行くのではなく、かといって定食屋のように毎日寄るわけでもない、そのちょうど間にいる頼もしいお店。それが「こうぜん」です。

 役者やミュージシャンにはよく知られた、下北沢では老舗の居酒屋「ザジ」。その弟分として、五年前にザジの場所にオープン(ザジは同じビルの二階で営業中です)。居抜きで使われているので什器はこなれ、木のカウンターやテーブルは使い込まれて艶々、暗めの灯りとともに温かい雰囲気をつくります。

 いつ行っても旨い、酒も肴も旨い。でも旨すぎない。「つきぢ田村」の三代目も書いておられましたが、旨いものにさらに旨いものを重ねると過剰になる。そういう気負いがないここは、いい意味での抜け感がとても居心地良いのです。

 きちんとセレクトし、旬も定番も押さえた日本酒。ここで「宗玄」、「羽根屋」、「文佳人」、「碧天」などの銘酒に出会いました。

 丁寧につくられ、奇をてらわないけれどどこかにオリジナルがピカッとひそむ、アテの品々。あれば必ず頼むふろふき玉ねぎは、玉ねぎの甘さとあえてピリッと辛めにした肉味噌のマッチングが絶妙。クレソンのサラダ、トマトのおから、自家製チーズ豆腐、鶏ときのこの煮込み。厳選されたお刺身、加減よい酢のもの。そして珍味の数々。地味は滋味になりかわり、ちょいちょい箸を出してはキュッと一献、の嬉しさがしみじみ湧いてきます。

 贅肉がなくきっぱりとして、でもどことなくやさしい風情は、お酒と料理だけでなく、大将夫婦やお店の雰囲気にも通底しています。同僚だったころから職人肌、おおらかな落ち着きを見せる大将や、ユーモア溢れるおかみさんと話すのも、大きな幸せのひとつ。出しゃばらない品格が全てにゆきわたり、居酒屋の「居」の字が腹に落ちて馴染む、こんなお店が我が住む街にあったらと思わずにはいられません。

 騒ぐのではなく、寡黙に飲むのでもなく、ほどよい会話を交えながらゆったりと。こんにちはとただいまの真ん中にあるお店。こうぜん、大好きです。ずっとここに在ってほしい。

居酒屋 こうぜん
東京都世田谷区北沢2-33-2 第二周和ビル1階
TEL03(3485)1642