• 2017年4月
    « 1月    
     12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
  • カテゴリー

    バックナンバー

    西麻布「眞由膳」

    ふわんと米の甘い香りが、顔を包む。
    一噛みすれば、ご飯の甘みと脂が乗ったノドグロのうま味がなじんで、忍びよる。
    最初は静かだけど、そこはノドグロ。
    噛めば噛むほどに、深いうま味が打ち寄せては返す。
    口を満たし、膨らんで、ふふふと、会席者と笑いあう。
    一期一会に感謝する、西麻布「眞由膳」のノドグロ炊き込みご飯。

    150103

    突然に、食べたくなる

    ある日、どうしたことか、突然に、「カレー南蛮そば」が食べたくなる。
    頭の片隅に浮かぶと、もうどうしようもなくなって、昼食の予定があるのに、そば屋に飛び込んでしまう。
    カレー南蛮が運ばれてきて思う。

    141231

    インドで生まれしカレーは、よもや極東の地で、醤油だしと出会い、そばにまみれるとは、夢にも思わなかっただろう。
    食べて思う。
    なんと食べづらいんだろう。
    片栗粉でとろみをつけたカレーの餡は、そばにのしかかり、そばは一致団結して重く、うまく手繰れない。
    そこで勢いをつけてズルルッとすするのだが、今度は、とんでもなく熱い。
    そのために、勢いをつけてすすりながら、同時に口を開け閉めして熱気を逃すという高度な技が必要となる。
    カレー南蛮には、食べ易いものばかり食べていては、バカになるぞという教訓が含まれているのである。
    苦労して食べる。
    「苦労の大きさほど喜びは大きい」とも、教えてくれるのである。
    ここでさらに自分に試練を与えるために、七味をかける。
    いっぱいかける。
    食べにくい、熱い、辛いという三大苦が、自分を成長させていく喜びに変わっていく。
    やがて食べ終える。
    残った汁をそば湯で薄めて、しみじみと後味を楽しみ、そして思う。
    デリーで出会った、インド人に食べさせたい。
    羊膝カレーが大好物だった彼は、どんな顔をするのだろうか。

    レストラン大宮

     初めて「レストラン大宮」でステーキを食べた日のことは、忘れない。
     肉を切って「おおっ」と叫び、噛んでは「ううむ」と唸り、食べ終えるなり、もう一枚食べたくなった。
     紙一枚の薄さで焦げ茶の焼き色が覆い、中は一面のバラ色に輝いている。
     切っても肉汁が流れ出さず、その肉汁は、歯と歯の間からこぼれ落ちて、「肉を喰っているぞ」という、笑顔を呼ぶのである。
    「なあに、スキレットさえあれば、ダレでも簡単にできるよ」と、大宮さんはいとも簡単そうにいうが、いいえ、ちっとも簡単ではありません。
     と、スキレットで肉を焼くボクは、いつも痛感している。
     今日も、ブラックアンガスと黒毛和牛を掛け合わせた肉を焼いてくれ、ごらんのように紙一枚の薄さで焼き色で、グラデーションがなく、きっぱりとロゼ色である。

    141230-1

     噛めば、アンガス特有の濃い鉄分が食欲を煽り、和牛の甘い香りが顔をだらしなくさせる。
     切っても切っても肉汁は皿には流れず、舌に止めどなく流れて、気分を猛々しくさせる。
     一方豚の生姜焼き風は、リンゴの甘酸っぱさと生姜の辛さ、白ワインとサワークリームの酸味、バターのコクが優雅に溶け合い、隠し味に入れたウォッカが、切れを生む。

    141230-2

     しっとりと焼かれた豚肉の甘みにエレガントなソースがからみついて、うっとりとなるが、そこはさすが洋食の大宮、パンではなくご飯が猛烈に恋しくなるのである。

    「ロッツォ・シチリア」にて

    人参は人参。セロリはセロリ。豆は豆。
    それぞれの味はする。
    しかし味は一つなのである。
    何種類もの野菜のうま味が溶け込んだポタージュのように、混ざり合い溶け込み、なじんだ滋味が、舌を通り過ぎていく。
    丸く、優しく、穏やかで、舌と喉が、太陽の温もりに包まれる。
    野菜や豆の形は残っているが、これはスープなのである。
    我々の体と心を真っ直ぐにし、活気づけるスープなのである。
    しかしなぜ、それぞれの食材も、塩さえも主張せずに、一つにまとまっているのだろうか。
    野菜の大きさ、入れる順番、火加減、塩加減、煮込み時間。
    明確に描いた理想に向かって、すべてを精妙にはかり、感性を注ぎ込む。
    その結実が、類まれなる極上の「ごった煮」として、我々の笑顔を生み出すのだ。
    「ロッツォ・シチリア」にて。

    141227

    東京とんかつ会議

    東京とんかつ会議56回
    御徒町「とん八亭」ロースかつ定食1700円(昼)
    <肉3、衣2、油3、キャベツ2、ソース2、御飯3、新香3、味噌汁2、特記1【ヒレ】 計21点>

    141223

     上野には、とんかつ屋が似合う。「双葉」も「双葉支店」も、「平兵衛」も無くなったが、「本家ぽん多」はあるし、「蓬莱屋」や、「井泉本店」もある。
     この「とん八亭」の周囲50メートルにも、とんかつ屋が2軒あって、どの店も大いに賑わっている。
     大勢の人が行きかう広小路の脇を入った、タヌキ小路にひっそりと佇むのが「とん八亭」である。いかにも「街のとんかつ屋さん」という庶民的な風情で、創業は1947年と古い。
     三代目が守る店は、近所の旦那衆の常連が多く、私が行った時も、70代の男性が一人「よおっ」と入ってきて座ると、自動的にメニューにはないウィスキーの水割りセットが運ばれた。こんなことが似合うとんかつ屋は、上野にしかないのではなかろうか。
     今とんかつ屋は、女子にも人気で、この会議に登場する店に行くと、若い女子率が多いことに驚く。しかしこの店は違う。お客さんは男性ばかり、それも80%がおじさんである。こんなところも、上野はとんかつ屋が似合う街だなあと思うゆえんである。
     肉は肉叩きで叩いてから衣をつけて揚げる。あれだけ叩いて大丈夫だろうかと思うほどだが、肉は十分に肉汁を含んでしっとりとしている。ブランド肉と比べると、肉のうま味の濃さはやや譲るものの、脂肪の溶け具合といい、おいしいとんかつである。
     揚げ油は低温で、じっくりと揚げるので、衣の色は薄い。低温ながら、油切れはよく、ラードの香りが食欲をそそる。ただし揚げすぎなのだろう。衣が一部剥がれてしまい、食べている終盤には火が入りすぎて、食感のしっとりさが失われてしまう。また、揚げてすぐキャベツに置くので、下側となった衣が、かなり湿気ってしまっているのが残念である。ただし1700円で、この肉の質と厚さがいただけるのは、都内でもそうはない。
     キャベツは極細切りで上等。ご飯も甘くて炊き具合よく、大根、白菜、人参、キャベツによる新香も、質が高い。味噌汁は豆腐と三つ葉、豚肉が一片入った、とん汁風、ソースは甘めである。
     「ヒレかつ」2000円は、肉の香りがあってこれまたお値打。隣のかたが食べていたサービスランチは、700円。当然肉は薄くなるが、長く揚げない分、こちらの方が衣と一体感があるようで、すぐにでも裏を返したくなった。

    最近の記事